またの冬が始まるよ


至高への探求?



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暦もここまで押し詰まると、
テレビの情報バラエティ系ワイドショーで扱うネタも
大掃除のアイデアより買い出しに向けてのお買い得情報の方が多くなる。
大みそか直前のにぎやかなアメ横で
どうやったらたくさんおまけしてもらえるかという
特別な戦術の解説をしているらしい会話が
壁越しという条件下ではっきり聞き取れてしまうほど、
こちらのフラットは微妙に静まり返っていたものの、

 「…はい、結構です。お疲れさまでした。」

広大な宇宙のどんな深淵へもその視線が隈なく届くのだろう眼力で、
それは綿密緻密にチェックをされているともなると。
どれほど几帳面で丁寧な執筆を心がけておいでのシッダールタ先生でも、
8枚ほどのケント紙に展開されている原稿の完成度、
作品としての画質は勿論のこと、
はみ出しの修正やベタの塗り忘れ、掠れに枠線のこすり汚れなどなど、
どんな見落としがあるものかと
ついつい緊張して息を殺してしまうというものであるらしく。
OKですよとの承諾を出されて やっと、
ホッとするあまりの吐息がこぼれてしまうのもいつもの習い。
本来は武具など扱う頼もしい手で書類袋へ手際よく原稿を収めた梵天氏が、
やはり丁重にブリーフケースに収めつつ、
それと入れ替わりに取り出したのがやや厚みのある封筒で。

 「こちらが今回の原稿料になります。」

お納めくださいと両手掛かりでこたつの天板の上へと置かれたそれを見て、
年越しのためには十分な増資となったことへだろう、
安堵の吐息再びとなったブッダだったが、

 「そういえば…。」

相変わらずの突発的な原稿依頼、しかもこの年の瀬の忙しい時にという苦行を終え、
すっかりと弛緩しかかっていた釈迦牟尼様の耳へと届いた、
誰であれ聴かずにはおれぬとされる 響きの良いお声の紡ぐ文言に、

 “ああまたか。”

まったく性懲りもないなぁと、
編集者相手の多少は遠慮もあったらしい態度があっさりほどける。
実を云や、それもまた恒例な言い回しだったからで、
こうして降臨する最強守護の彼と、シェア仲間のイエスを逢わせたくがないため、
何かと御用を持ち出しては、
イエスに“出掛けてもらえないか”なんて見え見えの策を弄しているブッダであり。
とはいえ、今日だけは この寒空なのに…といった心苦しい人払いをしてはない。

 「イエスなら、今日はバイトに出かけておりますよ。」

そこもまた開祖たるカリスマ性か、それとも人懐っこい気性がなせる業か、
平生の自然体でいる時は、何故だか人が集まる性をしているイエスであり。
悪魔との対峙の段ならともかくも、救いの相手である和子らの前では
近寄りがたい威容より 人当たりの良い柔らかな物腰がついつい滲むということか。
当初こそ得体のしれぬ異人さんだという警戒もあったらしかったけれど、
そんな時期なぞほんの一期(いちご)の過去の幻。
ご町内の皆様から、駅前商店街の様々な店主の皆様にまで
親しまれ、頼りにされている彼らだったりし。
特にイエスは、女子高生に懐かれている気さくさが由縁してか、
夏と冬の雑貨屋さんでのアルバイトが もはや定番のポジションとなりつつあって。
今日もそれで居ないのだと、素っ気ないまま続けかかったところが、

 「ええ、存じておりますよ。」

居ないときは それなりにどこか不満げ、
表情が読めぬ彼にしては珍しいほどの つまらないなぁというお顔になるものが、
今日の梵天氏はブッダからのお返事を聞いても口許の笑みが消えぬまま。
そこへと うんうんという頷きまで奮発し、

 「アルバイトでというところまではお聞きしていませんでしたが、
  先程 駅前でお会いしましたからね。」

だから、此処には居ないというのも重々承知だと、
それだけで何でそうなるものか、
随分とご満悦なの匂わせる、余裕の表情になっておいで。
それに引き換え、
既に彼と彼が逢ってたというのはブッダには意外だったか、

 「…え?」

シリアスなシーン用の特殊効果スクリーントーンを何か貼りたくなるような、
一瞬呼吸が止まったかのようなお顔になるところが

 “判りやすいものだな。”

相手を天敵だと思っているなら尚のこと、
それがどうかしましたかと泰然としていなきゃダメでしょうにと、
当の梵天さんにそうと思わせてしまうほどの隙だらけな反応だったれど。

 「しかも、こそりと隠し撮りというのをされてしまいまして。」

そう。
天界にいたころからの顔見知りという間柄なのだし、
そもブッダが構える警戒の意味すら分からぬか、
顔を見ればお久し振りですと挨拶しに寄ってくるような彼だったはずが、
今日だけはこそこそと その身を隠しての不審な挙動。
しかも、ササッと何かの小道具を隠したようだったれど、
それがスマホだったことくらい
見抜けないブラフマーではありませぬとばかり、
その場ではそこまで問いたださなかったこと、
こちらの彼へと告げ口するなんていう
…もっと意地悪なんじゃあありませんか的な所業を成した
天部様だったのだけれども。

 “このくらいはね♪”

いつも要らぬ悋気の的にされてるお返しですよと、
その実、そのくらいは別段 苦でもなさそうな朗らかさで、
笑ってリアクションを待っておれば、

 「…そうですか、ご本人へ当たって砕けろしましたか。」

機嫌を悪くして眉尻を吊り上げでもするかと思った釈迦牟尼が、微妙に意外な反応を示す。
無地のセーターに覆われた、まろやかな稜線を描く肩をすとんと落とし、
困ったことよというお顔。

 「???」

微妙に思ってはなかった返しだったのへ、
これまた珍しくも梵天がキョトンとしておれば、

 「いえね、昨日の話なんですが、
  映画紹介でしたか特番のトーク番組を見ていたら、
  男の色香というのですか、
  やや年嵩な男性の重厚さに滲む、
  稚気のようなものが語られ始めましてね。」

色香と言っても嫋やかなそれではなくて。
青々しい人の持つ危なっかしいスリリングなものでもなく、

 「貫禄があってこその、余裕で醸し出される悪戯っぽさとか。
  壮年男性が持つ雰囲気のある頼もしさとか、
  そういうのがまた、
  たまらなく魅力的なんですよと熱っぽく語られていたのをどう解釈したものか。」

そこで“んんっ”と照れ隠しだろう咳払いをしてから、

 「わ、私には そういう頼もしい、
  壮年の色香が似合うほどの存在がふさわしいのかもなんて言いだして。」

自分はせいぜいジョニデのような青々しい色香しか持てないから、と。
相変わらずにそこは揺るがぬらしいイエス様、
それでは年輪が足りないぞ・どうしようと大焦りを始めたらしく。

 「壮年のダンディズムか〜、
  これは大日さんとか梵天さんとかを研究しないと…なんて、
  妙にいきりたっちゃいまして。」

なので、今日は尚のこと あなたと鉢合わせさせたくはなかったんですが、ということか、
あ〜あと残念そうに吐息をつく如来様であり。

 「…私って壮年でしょうか。」 
 「違うんですか?」

自分で自分の顔を指差す仕草へ、
訊くに事欠いてそこですかと思ったのだろう。
それでも
お嫌なら青二才と呼んであげますが?なんて
梵天本人へ言い返せるところがなかなかに腰の強いブッダ様。

 「ま、そういう訳で、
  きっと目線とか参考にしたかったらしい隠し撮りだと思います。
  怒らないでやってくださいな。」

 「…目線。」

自分でも表情がさほど豊かじゃない自覚はあったものか、
自分の顔で何が研究できるのかなぁと思ったらしいところへと畳みかけたのが、

 「言っときますが、私だってそんなことであなたに負けやしませんからね。」

慈愛の如来がそんな顔していいものか、
やや目許を眇めての怒ったような宣戦布告のお顔になっちゃったところが、

 “いい相性じゃないですかvv”

イエスの側をばかり、純朴だの幼いだの言えないじゃないですかと。
梵天氏の内心に、
うっかり吹き出しそうになったほどの可愛さを示してしまった
釈迦牟尼様だったそうでございます。





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 *またぞろ、何かややこしいことへ翻弄されてるイエス様だったらしいです。
  それだからこそ、
  梵天さんを相手に落ち着いたやり取りで対処が出来た
  ブッダ様だった…というのも妙なものですが。
  まだちょっと続きますので、どかお待ちを。

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